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自転車で日本100名城ツーリング 松阪城 2 第19回

  第19回 松阪城の回 ページメニュー  
  【その一】 伊賀の峠越え。  
  【その二】 松阪城に登城しました。  
  【その三】 今回の城攻めは…  
  【その四】 自転車旅に役立つアイテム:シェファードアイアンF + BASIL  
 
   
 
 
 
     
  【その二】: 松阪城に登城しました。

 
  日本100名城 松阪城  
【コメント:のぶん】
ようやく着いた松坂城!漕ぐのはもうほぼ限界だけど、予定より1時間も早かったからねー。
 
         
 
 
この石垣と城を築いたのは秀吉の命でこの地の太守となった蒲生氏郷(がもううじさと)。 奥さんは信長の娘というからエリートというか苦労が多そうというか。
 
         
   
こちらは隣接する御城番屋敷のある石畳み。往時を偲ぶ武家屋敷があります。
 
         
   
近江出身の氏郷は近江商人をこの地に招き、楽市楽座を実施するなど商業奨励を政策とし、 城下町の整備を行ないました。結果、伊勢商人の躍進があったと言います。
 
         
   
屋敷の中は武家の暮らしが想像できて楽しい空間。

 
         
   
いよいよ松坂城に登城しますが、一つ注意点がございます。
 
         
   
この立札は初めてです。そう、すごすぎて注意の意でしょうか。

 
         
 
 
登れども登れども、石垣。石の要塞とはこの城のことだな。
 
         
 
 
ところで蒲生氏郷という大名は今でいうマルチタレントで、風流の極みだった茶道でも千利休の高弟、利休七哲と呼ばれるところまで到達し、海外輸入のトレンドだったキリシタンにもなって洗礼名をレオンといいました。
 
         
   
戦場で大将が後ろで指図をしてるだけの奴はダメダメで、大将たるもの自分がまず敵陣に突入し、安全だから付いてこいと家来に言う。そういう思想と気概のある上官で、部下を惹き付けたといいます。秀吉からは氏郷と戦うなら先頭の武者を討てば、もう勝ちだとからかわれましたが。
 
         
 
 
写真を取ってくれと言い残して阿部が走っていきました。豆粒くらいで写りたかった様子。イモトごっこというらしく、下北あたりで流行ってるらしいです。
 
         
 
 
松阪の「さか」は豊臣政権の都、大阪からとって氏郷が名付けました。だから当初は「松坂」と書いたでしょうね、と阿部が物知り顔で言ってました。
 
         
   
「せっかく松阪来たからそれなりのもの食べましょうや。ねっ、阿部さん」とご機嫌に誘ってこられたので、松阪牛専門店「かめや」様にお邪魔します。
 
         
   
もう家路に着くだけという安心感と、峠を越えて無事に攻め果たした達成感に乾杯。のぶさんの握り拳が今日の成果を物語ります。
 
         
   
どうですかこの画づらは。肉といえばウィンナーと信じてやまない阿部も、これを運び込まれた日には○ツダム宣言をせざるを得ませんでした。
 
         
 
 
こんなに食欲をむき出しにしているのぶさんを見るのは初めてです。高級食材というのは、時として人に魔法をかけるものなんですね。松阪に行かれた際は是非お立ち寄りください。若美人女将があなたをお待ちしております。
 
         
 
その三: 今回の城攻めは… 
 
         

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