2020シーズン初戦と最近 中村龍太郎

ブログの更新が滞っておりました。2020シーズンもよろしくお願いいたします。

とか言っていたらコロナウィルスの影響で春先のレースが無くなってしまいました。USAC(全米自転車競技連盟)によると少なくとも5/3までは中止/延期の意向だそうです。今この文章を書いている時点でアメリカの感染者が世界一を数え、会社の方針で在宅勤務が4月末まで伸びました。家から一歩も出ずに毎日を過ごしていますが、早く収束することを切に願っています。

今回はギリギリコロナの影響を逃れた二月末のアトランタでのレースについて。

2020年からUSACの昇格基準が変わり、昨年までクリテリウム/ロードレースと分けて配点がされていたものが全て同じ配点に変わりました。 もともと土地柄、ロードレースが少なく、クリテリウムばかりであったKentucky riderには朗報です。クリテは昨年まではロードレースよりもポイント自体が低く、ポイントが付く順位も少なかったのです。しかもそれが2020から出場するレース以降のポイントの話ではなく、36か月(3年)以内の結果が昇格基準に反映されるため、昨年の成績を計算しなおしたところ、 クラス2に昇格できるポイントを所持してる!と、いうわけで2020最初のレースはクラス2/3での出走。

今回出場したレースはTour of the Southern Highlandsというステージレースで、pro/1/2カテゴリーの選手は木曜日から四日間。一応クラス2の資格があるので最上位カテゴリーに参加することはできましたが、ビビってしまったのと木曜日からレースとなると実質水曜日も休むことになるので、却下。クラス2/3は土日の二日間のレースになるので必然的にそちらをchoiceすることに。

 

金曜日の仕事終わりに5時間車を走らせて到着した街には韓国人が多く住んでいることもあり、アジア系のベーカリーがいくつか点在している。土曜日の朝はそれらを巡り、妻との交換条件を満たしてからレース会場へ行く。

 

受付はキャンピングトレーラーが主流で、今回は車内に入って計測チップを貰うスタイル。

初日は一周4kmのクリテリウムだからヨユーと思っていたら4mileの間違いで、一周6km弱/78m登る普通に辛いコース。加えて右側車線のみ規制しているので、対向車線はビュンビュン走り、試走もしなかったので恐怖で周回に慣れるのに時間がかかった。一周目からペースをガンガン上げられ虫の息。中切れを埋めて何とか集団の後ろを離さない。レース中、中心線を超えて前に行くと後ろからバイクがやってきては「集団の後ろに下がれ」と言ってくる。これは翌日のロードレースも同じで、勝負どころのペースアップに対応するためにやむなく超えてしまったとか、そういうのも厳しく取り締まる。

残り三周の登りで飛び出した黒ジャージを着たMichaelがアタックし(たらしい)、集団はそれを追う展開。自分は単騎なのでそれを追うことなく、DDP Cycling Teamの選手が、密に言葉をかけあっていたので、そのチームの動向をマークしていた。ゴールは登り基調の向かい風スプリントで、ギリギリまで待って飛び出すプラン。ラスト一周で先頭の一人逃げとの差は30秒でギリギリ捕まらなそう。このMichael、次の日も独走勝利し完全優勝を果たす強者。後ろは後ろで牽制が始まり、マークしていたDDP Cycling Teamのトレインも無い。何の話をしていたんだ?天気か?

 

 

長い下りを経てからの最後のホームストレートに入った時点で9番手。残り500mで前の選手が上がったのに合わせたが、その選手が先頭までは出きれず、自分の足を使って4番手に上がって残り200m。逆サイドから勢いよく飛び出したDDP Cycling Teamの選手(いたのか)に反応して自分の隣のStorage Squad Racingのでかい選手が腰を上げたのでその後ろにつく。予定通り150mくらいからスリップを抜けたがその瞬間に風を受けて、捲れないことを悟る。

 

そのままの順位でなだれ込み、全体4位で表情台を逃した。久々のスプリントに血湧き肉躍って大興奮。翌日のロードレースでの雪辱を誓うが、やはりクラスが上がって簡単には勝てないと感じた。

 

翌日も同じパン屋に寄って条件を満たし、(もちろん、土曜の夜はラーメン屋、日曜の夜は日本のizakaya庄屋に行ってます)会場入り。

 

コースはS/Gが一緒の15mileを4周で100km弱。5分ほどの登りが二か所あり、最初は15%を超える激坂からの微妙なアップダウン。二回目は登り切ってから一気に下って昨日と同じゴールに向かうレイアウト。メイン通りを避けてはいるが、片側のみの規制なので対向車はビュンビュン走るし、馬車ともすれ違う。アメリカのレースは日本のレースよりもどちらかというと積極的で、まだこのクラスだとチームで戦っているわけではないというのが大きいのだろうけど、アップダウンの多いコースも影響しているのではないかと思う。少人数で抜け出せれば微妙なアップダウンも出力分配して走れるし、後ろが牽制しだしたら後ろのペースがガクッと落ちるのもあるだろう。

 

それを全員わかっているので序盤から抜け出しては吸収を繰り返していた。三周目に入るころには自分含めみんな元気がなくなってきていた。みんな昨日逃げ切ったMichaelのことをまだどこかでマグレだろうと思っていたようで、彼が三周目の一回目の登り終わりで仕掛けたときに「まだ一周半以上ある」と思って見送ってしまった。自分は丁度ポジションを上げたところだったので、彼のペースアップに対応することができず。一人を連れてしばらく30秒ほど前を走っていたので捕まるのも時間の問題かと思ったが、一人が満を持してブリッジして合流すると差が開き始めた。一人で追える足もないので集団の頭をとって総合4位狙いにシフト。残り一周を集団で通過し、一回目の登りは何事もなく、アップダウン区間で先頭交代崩壊による抜け出しがあったがそのまま二回目の登りへ。登りに入る前の下りで後輪に違和感。少し前に道路の穴に落ちたのが災いしてか、スローパンクの模様。残り登り一個というのもあって何とかゴールまでもってほしいと思ったが、願い叶わず。登りの途中で完全にストップとなった。ギリギリ荷重をかけなければ行けると踏んでダンシングで登り切り、そのまま下って14位でゴール。

 

赤いテープ内にホイールを置いておくと手前の黒い車に積んでくれる。

ちなみにホイールサポートははwheel in & wheel outで、これはレース前に指定の箇所に自分で持ってきたホイールを置いておけば、共有車に積んでもらえ、レース中に交換できるというシステム。proカテゴリーにはサポートカーがついて走っていたようだ。自分は今回代輪を預けていなかったので使えなかった。最後の勝負の前にパンクとは、Frustrationがたまる。レース自体は一人実力が飛びぬけていたが、残りは同じようなレベルだったので久々に楽しい時間でした。

 

先週にはフェルトのグラベルロード「ブリード」を手に入れたので、早速乗ってきた!詳しくは後日。

次のレースは5/3以降となるが、それも伸びそうな気配がする。なんにせよ、体調管理に気を付けてzwift乗りまくります。

 

中村 龍太郎(なかむら りゅうたろう)

チーム:イナーメ信濃山形

2015年全日本選手権個人タイムトライアルチャンピオン。一般企業に勤めるフルタイムワーカーでありながら、Jプロツアーを走り1桁台の順位を量産。トラックレースにも参戦し、全日本オムニアムでは3位。毎週末のようにレースに参戦し、レース数はプロをも上回る。2019年から仕事の関係でアメリカ・ケンタッキー州在住。

主な成績

・2015年 全日本選手権 男子個人タイムトライアル優勝
・2015年 Mt.富士ヒルクライム優勝
・2016年 全日本選手権オムニアム3位
・2017年 JBCF Jプロツアー 前橋クリテリウム2位

使用機材

ロードバイク:Felt FR FRD

TTバイク:Felt DA1

トラックバイク:Felt Tk FRD

ヘルメット:BBB マエストロ

ブログ

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