自転車の旅には、ただ便利だから始めるものと、何か意味を持つからこそ挑むものがある。
プロライダー マシュー・フェアブラザー(Matthew Fairbrother) が再びサドルに跨ったのは、6ヶ月もの怪我のブランクを経た後だった。
次の挑戦は、ただのレースでもトレーニングでもなく、自分自身を取り戻すための旅──
ヨーロッパで最も高い自転車で到達可能な山頂 「Aiguille de la Grande Sassière(標高3,747m)」 から、海沿いの聖地 フィナーレ・リグレ(Finale Ligure) までを走り抜く壮大なルート「Summit to Sea」だった。
目次
再出発の理由──原点への帰還
この旅は、単なる距離の挑戦ではなかった。
フェアブラザーにとっての「グランド・サシエール」は、初めて本格的なアルプスライディングを経験した思い出の地。
恐怖と興奮が交錯した、彼の“原点”だ。
一方のフィナーレ・リグレは、何度も訪れてきた“帰る場所”。
温かなローカルコミュニティと息を呑むトレイル群が、彼を迎えてくれる聖地だ。

この2つを自転車でひとつの線で結ぶ──
それは、彼自身のストーリーを再びつなぎ合わせる行為でもあった。
踏み出す勇気──不安と信頼の狭間で
出発の日、最も難しかったのは「始めること」だった。
天候の窓は限られ、体調も万全ではない。
1度の転倒がすべてを無にする可能性がある。

怪我からの復帰は、常に不安との戦いだ。
「大丈夫」だと思っても、一瞬で崩れる。
その恐怖を抱えながらも、彼はクリップインし、ペダルを回した。
やがて不安はリズムへと変わり、身体が思い出す。
ライダーとしての感覚が、少しずつ戻っていく。

変わりゆく風景と、心の変化
標高3,747mの岩稜帯を抜け、草原、シングルトラック、そして古い軍道や運河沿いの道へ──
走るたびに風景が変わり、走りのリズムも変わる。
緩やかな下り、荒れた路面、かつて走った懐かしいトレイル。
すべてが彼に「ここまで戻ってこられた」ことを実感させた。

途中、疲労と孤独が押し寄せ、「なぜこんなことをしているのか」と自問する瞬間もあった。
だが、そうした“底”の時間こそが、彼に目的を思い出させた。
自転車に乗る喜び、支えてくれた仲間、そして挑戦できることへの感謝。

極限の中の喜び──すべてがひとつに繋がる瞬間

時にすべてが噛み合う瞬間がある。
風景も、身体も、感覚も、すべてが一致し、ただ「生きている」と感じる瞬間。
それは短くても強烈で、どんな苦労も報われる。



14時間54分後、ついにマシューは海岸線に立った。
雪から砂へ。標高3,747mから海抜0mへ。
恐怖から感謝へ──その変化が、彼の旅のすべてを物語っていた。

仲間たちと築いた“個人”の挑戦
この挑戦は「ひとり旅」のように見えて、決して独りではなかった。
彼を支えた医療チーム、トレーナーのマット・ミラー、
そしてプロジェクトを共に信じた Ergon と Deviate Cycles。
さらに、道中で交わした人々との笑顔や励ましの言葉。
そのすべてが、彼を前へと進ませた。

信じることの力──再び自分を取り戻すために
ゴールに立ったとき、フェアブラザーが感じたのは「安心」ではなく「信頼」だった。
自分の身体への信頼。
うまくいかない日々でも諦めなかった自分への信頼。
この旅は「ヨーロッパ最大のダウンヒル」以上の意味を持っていた。
それは、「再び自分を信じる」ための登り直しだったのだ。
Rider
Matthew Fairbrother(@matthewfmtb)
使用ペダル:MALLET TRAIL
使用シューズ:MALLET TRAIL BOA
Presented by
Ergon / Deviate Cycles
Photography
@oliver_nehring / @macfarlanephoto
Videography
@bamhill / @brodiehoodmedia
