プロジェクト135パート2 第60回 (カナリア諸島・テネリフェ島・スペイン)テイデ国立公園

 早いものでプロジェクト135 パート2も今回で60回目になってしまいました。今回の世界遺産はスペイン領カナリア諸島の最大の島テネリフェ島の火山、テイデ山です。カナリア諸島ってどこ?と思っていましたし、多分伊豆諸島くらいの大きさだろうと思っていたのですが、どうしてどうしてとても大きな島々がスペインからアフリカ西海岸を1,500kmほど南下した、アフリカ大陸の西300kmほどの位置に7つの火山島があるのです。そのうち最大の島がテネリフェ(TENERIFE)島で人口が90万人ほど、空港が2つもあり、路面電車も走っているとても大きな島です。そしてここにある3,718mの火山が、世界遺産であるテイデ(TEIDE)山です。この島は15世紀まではベルベル族の一部であるグアンチェ族が原住民として暮らしていたそうですが、1496年スペインのカスティーリャ王国に征服され、その後建築された王宮、修道院、貴族の邸宅などが世界遺産の街サン・クリストバル・デ・ラ・ラグーナなどに残っています。では、いざテネリフェ島へ。
 
■今回場所は
 

より大きな地図で プロジェクト135 第60回 テイデ国立公園(カナリア諸島・テネリフェ島・スペイン) を表示
 
 
いきなりですが、テネリフェ島、テイデ山の遠望です。海面から富士山ぐらいの高さ(3,718m)まで一気に高くなるので亜熱帯から高山植物まで見られるのも世界遺産の理由です。日本の屋久島の理由と似ていますね。
 
規模は屋久島とは全然違います。
 
下はまるで南国です。常春の島と呼ばれたり、大西洋の真珠と呼ばれたり、北ヨーロッパの人々の避寒地としても有名で、全島合わせると、年間1,000万人もの観光客が訪れるそうです。
 
今回私達はスペインのバルセロナから船でカナリア諸島へ向かいました。途中で寄港したモロッコのタンジェという町から見た大西洋です。燈台の右側はジブラルタル海峡、地中海です。
 
モロッコ名物ミントティーをご馳走になりました。
 
モロッコの自転車です。この国でも自転車は働きもののようでした。
 
モロッコのパン屋さんです。衛生的か?知ーらないっと。
 
モロッコの薬屋さんです。ほぼ全て量り売りのようです。
 
町中では子供達が自転車で遊んでいました。子供達と自転車はどこの国へ行ってもよく似合います。
 
次の寄港地、カナリア諸島の一つグランカナリア島ラスパルマスへ入港です。
 
このグランカナリア島はカナリア諸島で2番目に大きな島だそうで、コロンブスがアメリカ大陸へ向けて出港するときに立ち寄っていたのだそうです。「COLON」がコロンブスだそうです。
 
コロンブスの家の中庭です。スペイン風です。
 
コロンブスの家は学校の教育現場でもあるようで、ちょうど小学生と思われる子供達が来ていました。それにしてもスペイン人は子供の頃がオシャベリで、人の話は聞かないのですね。
 
この右側の青い線が、コロンブスが船団を率いてアメリカへ出発したときの航路。右の7つの島がカナリア諸島、濃い茶色の2つの島のうち右側の円形が、今いるグランカナリア島、左側の濃い茶色がテネリフェ島です。
 
これが当時の大西洋、コロンブスの航路図です。初回が1492年、彼はインドに着いたと思っていたのがアメリカだったというのが良く解ります。当時人々は、インドは知っていてもアメリカは知らなかったのだそうです。
 
今回私達が乗った船です。巨大です。155,000トン、4,100人の乗客を収容できるそうです。
 
いよいよ目的のテネリフェ島へ向けて出航です。グランカナリア島ともお別れです。
 
翌朝、目的のテネリフェ島、テイデ山は、こんな具合に見える筈だったのです。
 
それなのに、それなのに、なんとこの日のテネリフェ島は機嫌が悪く、山なんか全く見えません。
 
私達だけでなく、ドイツの船も入港してきました。
 
大雨の合間に海岸が見えるところで撮ったのですが、なんとも大荒れでした。
 
町には確かに歴史を感じさせる建物がたくさんありました。
 
歴史を感じる風情は町のあちこちにありました。
 
町並みも、詳しい説明がなくとも大航海時代に重要な役割を果たしていたといわれるだけのことはありそうです。
 
レストランの看板も個性的ではありました。
 
子供用自転車は?ここの子はもう大きくなってしまったのでしょうか?
 
歴史ばかりでなく、近代的な風景もありました。
 
これはオペラハウスだそうです。
 
この日テネリフェ島には大型客船が4隻入港していましたが、この人達はどうしていたのでしょう?山は雪で通行禁止になってしまっていたのです。皆、下界の町を見て歩いていたのでしょうか?
 
見て下さい。この天気ですから、山は無理でした。
 
出航する頃になって一時晴れ間があり、なんとなくこんな感じの山が連なって3,700mを超えているのか、と想像するのみでした。
 
ウーン、今頃になってこんなに陽がささなくともよいのに…こんな具合に山に向かって建物が連なっています。
 
港を出発する頃、虹が出て見送ってくれました。
 
翌朝の寄港地、ポルトガル領マデイラ島は一転、不必要な晴れ。
 
ヨシ!こういうときは食べるしかない、とまず市場へ。ここの名物は黒太刀魚だそうです。
 
料理してもらうとこんな具合です。
 
それとタコも名物です。どちらも薄味でとてもおいしかったです。
 
なんといってもこのワイン、私あまりワインは飲まないのですが、これは美味でした。これでテネリフェ島の天気の悪さを帳消しにしました。
 
これはご機嫌のポーズです。
 
ここまで来ればシメタもの、怖いものなしの心境です。まー、天気の悪いこともあるわと納得してしまうのです。ワイン1本で安いものです。ネー、トーチャン!!
 
ソウダ、ソウダとテネリフェ島のオウムが見送ってくれました。
カナリア諸島は風光明媚という言葉がぴったりのところでした。でもとても遠かったです。私達はイスタンブール経由でバルセロナへ、そこで船に乗ってカナリア諸島をまわってバルセロナへ帰ってきました。時間的には現役世代の人達にはおすすめできません。でも私達リタイヤ組にはクルージングはとても楽しく、前回のパナマ運河に続いてクセになりそうです。
カナリア諸島がこんなに大きな島々だとは知りませんでした。東京都と同じくらいの大きさとか言われると自分の無知を思い知らされます。コロンブスはイタリア人でスペインの女王にスポンサーになってもらってアメリカ大陸へ、当然スペイン本土から出航したと思っていたのに、なんとカナリア諸島グランカナリア島から旅立ったとは知りませんでした。出掛ける度に新しいこと、見たことない場所、人々に出会えます。まだまだ止められません。体力の続く限り、100回まで行っちゃうかもしれません。おつきあい下さい。
 
参考にならなかったまあまあ参考になった面白かった感動した (No Ratings Yet)
読み込み中...

↑星マークをクリックして、記事の評価をお願いします!
一番左が最低、右が最高評価です。