プロジェクト135パート2 第101回 (ロシア)キジー島の木造教会建築

 今回私たちは、サンクト・ペテルブルクからモスクワまで、ラトガ湖、オネガ湖、リビンスク貯水池、ボルガ河などを通って船で旅したのです。ところどころの世界遺産を訪ねながら、ロシアの大自然を見ながら、のんびりした老人向きの旅でした。キジー島はサンクト・ペテルブルクから200kmほどのオネガ湖の中の島で、水路でなければ行き着くのにとても大変な場所にあります。島は幅500m、長さ7kmほどの細長い小さな島で1990年に島全体が世界遺産に登録されました。キジー島の人口は現在60人といわれていますが、本当に住んでいる人は2、3人であとは仕事で勤務している人たちだそうです。冬になるとオネガ湖は凍ってしまい、町との交通はヘリコプターか、湖を歩いて渡るしかなくなるのだそうです。元来フィン族という人たちの宗教儀式を行う場所だったそうですが、12世紀頃からロシア人の入植が進み、ロシア人の村ができたのだそうです。何とも不思議なところでした。直前に行った大都市サンクト・ペテルブルクとは別世界でした。
 
■今回場所は
 

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これがキジー島の木造教会、遠景です。
 
右側が1714年完成のプレオブランジェーンスカヤ教会、左側がボクロフスカヤ教会(1764年)、そして中央が鐘楼(1862年)です。
 
このプレオブラジェンスカヤ教会は、高さ37m、建設には釘1本使われていないそうです。
 
現在は傷みが進み、ユネスコによって緊急修理必要建築に指定され、修復工事が行われていますが、その建築方法、修復方法が難しく、苦労しているのだそうです。
 
工事している人は2、3人しか見えず、多分、何年もかかるでしょうネ。
 
この写真で見ると右側に見えるのがボクロフスカヤ教会で、こちらは修理していないので内部も見せてくれました。左側の鐘楼を含めて、1つの教会のようにみえますネ。
 
これは1876年に建てられ、教会の近くに移築されたという富農アシェフニェフの家。
 
とてつもなく大きな家で、一般的な当時のロシアの家では、普通ではないとか。
 
14世紀に建てられたラザロ復活教会です。たぶん現存するロシアで最古の木造建築なのだそうです。
 
この右側の鐘楼のあるのが、アルハンゲル・ミハイル礼拝所というのだそうですが、ちょうど鐘の演奏があり、大小さまざまな鐘が牧歌的な調べを奏でてくれました。
 
教会の後ろに見えるのがオネガ湖です。ヨーロッパ第二の湖で、南北248km、東西89kmもある大きな湖です。行った日が10月2日、この寒さで、冬になると全面凍結するそうです。
 
さて、それではこの写真の右側にあるボクロフスカヤ教会に入って、内部を見せてもらいましょう。
 
内部は当たり前ですが、木造です。サンクト・ペテルブルクで見て来たような豪華さはまるでなく、ごく質素な造りです。
 
壁も何とも親しみやすい飾りしかありません。
 
宗教画は、本来このくらいまでのキラビヤカさにしてもらえると安心できます。
 
サンクト・ペテルブルクの教会や美術館で、コレデモカというほど豪華、絢爛、キンキラキンに疲れ気味でしたので、とても心穏やかに見ることが出来ました。
 
日本人のワビ、サビから見ると、せいぜいこのくらいまでが我慢の範囲内でしょうか?キジー島の教会は好印象でした。生意気?
 
じゃ、こんなのどーでしょうか?
 
まず、こうやるわけですヨ。
 
そんでもって、この人やっつけて…
 
トーチャンにも手伝ってもらって…
 
プファーッとなるわけです。
 
この人は強そうなので勝負しませんでした。ここは、キジー島への途中で立ち寄ったマンドロギーというところにあるウォッカ館です。3000本のコレクションがあるそうです。
 
マンドロギーで見た自転車です。キジー島では自転車は見ませんでした。
 
ロシアでは全体で自転車はあまり見ませんでした。寒いせいでしょうか?
 
サテ、この人は誰でしょうか?
 
マトリョーシカ作りのオバさんです。
 
普段、あまりお土産を喜ばない娘が、褒めたほどの実力者なのです、このオバさんは。
 
キジー島の木造教会建築、確かに今まで見てきた建築とはだいぶ違いました。こんな、地の果てといっても良いところに、こんな複雑な建物が、と思います。
 
ここへ来るまでの河岸はこんな感じです。原生林といえるような風景です。
 
すれ違う船は、こんなにして材木を積んでいるのです。
 
そして何しろ寒いのです。この日、10月2日、現地は最高気温10℃、最低は6℃でした。
 木造建築といえば、奈良の東大寺も有名ですし、以前に南部ポーランドの木造教会群(135パート2第46回)も見て来ましたが、ここキジー島の木造教会建築はそのどれとも似ていませんでした。写真で見ていただけるように、ちょうど修復工事中で一部の構造がのぞけましたが、何とも不思議な建物で、専門家がどう出来ているのか考え込んでしまったという話も頷けました。いかにも素朴で、飾りも華美でなく好感の持てるものでした。所在地が辺地というべき場所にあり、こんな人気のない原野のようなところに、なぜこんなに大きな教会が必要だったのか理解できません。第一、この時期でこんなに寒く、冬には湖も凍ってしまうような場所に、なぜ、どうやって人が住んでいたのでしょう?この寒さですからロシアの人はアルコール中毒の人が多いというのも頷けます。ビールも売ってはいますけど、ウォッカばかりでした。納得してしまいます。サンクト・ペテルブルクを出た船は、キジー島を出発、コブジャ川を通って白い湖へ、モスクワへあと680kmのゴリツィーという町へ入ります。ここには2000年に世界遺産に登録されたフェラポントフ修道院があります。次回はここを紹介します。お楽しみに。
 
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